our story歴史

1872年(明治5年)

創業者である青山力之助は、かつての山形藩江戸詰め家老の家に生まれました。
しかし侍の時代は既に終わり、彼は12歳の時に染料商家の家に奉公に出たのです。
それから彼は染料を学び、誰よりも懸命に働き染料の改善に励みました。
その甲斐あって、彼は奉公先の商家の一番弟子として認められ、東京日本橋で独立を果たしたのです。

創業者 青山力之助

歌川広重「名所江戸百景」より、
往時の神田紺屋町

日本橋は、染色の街として知られた紺屋町(現在の神田近辺)に近く、江戸の頃は川辺で染める染色職人で賑わいを見せていました。

力之助が奉公した染料商家(桂屋)はもとは越後(現在の新潟県)の出身であり、力之助には東京の染料商として創業するにあたり、並々ならぬ決意があったに違いなく、その思いは都(東京)を意味する「みやこ染」というブランド名として、代々引き継がれています。

1896年(明治29年)

力之助は染料商として、熱心に働き、事業を拡大していきましたが、
この時代はまだ染料・顔料を仕入れ、取引先に販売する卸売問屋としてのものでした。

当時の「桂屋」の屋号

桂屋 二代目社長 
青山為太郎

1915年(大正4年)

力之助が44歳で逝去すると、息子の青山為太郎が後を継ぎます。
まだ25歳の若さでしたが、家庭用染料“みやこ染”の自社生産をはじめ、大いに社業を発展させました。

現代と比べれば、比較にならないほど物のない時代でしたが、
桂屋の染料は衣類、とりわけ着物、背広、軍服などの家庭での染め替え需要に大いに合致し、染料の種類も綿や絹から毛にも染まるものに広げていきました

当時珍しかった“みやこ染”のガラス瓶

また、当時では珍しいガラス瓶を染料の容器に使用したところ、その取り扱いのし易さから全国に流通し、”みやこ染” は家庭用染料として、日本中で親しまれるブランドになりました。

衣類の染色は家庭の嗜みとして、学校の家庭科教科にも取り入れられるほどでしたが、為太郎は会社としても、新たに染料教室を始めるなど普及活動に熱心に取り組みました。

昭和になり弊社で開催された
染色教室の様子

原料を選定する本社技術陣の様子

全国での事業の拡大とともに、染料の開発も進み、家庭で使いやすい、全繊維用染料コールダイオールの発売や環境や安全に配慮し、EU(欧州連合)などの厳しい規制をクリアする有害指定化学物質を含まないECO染料の商品化などに早くから取り組み、今日に至ります。

燈台印の「桂屋」のロゴ

海外との玄関口が海であった時代に、みやこ染の家庭用染料が広く海外にも普及することを願って当社のロゴマークとしたものです。
モデルとなった燈台は、明治初期に建設された旧品川燈台(現存する最古の洋式燈台で国の重要文化材として明治村に保存)です。

「みやこ染」ブランド

「みやこ染」は当社染料商品のブランド名です。

みやこ染の「こ」の字体は、明治まで使われていた旧平仮名(変体仮名)をそのまま引き継いでおります。

みやこ染の名の謂れは諸説ございますが都(東京)の染料として、先人が想いを込めたものであることは間違いありません。

おかげさまで、当社は明治23年の創業以来今日まで、燈台マークのロゴとともに「みやこ染」のブランド名で発展をしてまいりました。

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